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2013年頭所感 2013 1月 5日

スリーマイル島.jpg2012.12.28の東京新聞社説に、実に歯ごたえのある記事が掲載された。ます゜その内容をご紹介する。

原発維持方針 3・11をもう忘れたか 20121228

 3・11は世界を変えた。ところが第二次安倍政権。発足早々、何の議論もないままに、原発の早期再稼働はおろか、新増設にも含みを持たすとは。福島の被害は続くのに、もうあの衝撃を忘れたか。

 あまりにも乱暴すぎる転換だ。自民党は何ら変わってはいないのではないか、そう思われても仕方ない。

 言いたいことは三つある。

 一つ目は、世界有数の地震国日本に原子力を持ち込んで、五十基を超す原発を立地したのは、ほかならぬ自民党政権だったということだ。核のごみの後始末も考えないままに、である。

 自民党が進めた国策という土壌の中で原子力ムラが醸成され、安全神話が誕生し、福島の惨事につながったのではなかったか。

 福島の苦悩は終わっていない。多くの県民が仮設住宅で、二度目の新年を迎えることになる。

 半世紀以上に及ぶ自らの原子力推進政策への検証と反省もないうちに、拙速な再稼働を考えるのは危険であり、それこそ無責任ではないか。

 日本原子力発電敦賀原発は、原子力規制委員会が活断層の存在を確認し、大地震の影響を受ける恐れがあるとした場所だ。

 その敦賀原発にさえ増設の含みを残すとすれば、規制委員会の科学的判断と独立性を脅かす意図すらあるということか。

 次は、国民の多くは原発推進を支持していないという点だ。

 自民党は、先の衆院選には大勝した。しかし、原発の是非を争点にするのを避けたのか、公約では「再稼働の是非は三年以内に結論を出す」と言葉を濁し、推進を打ち出してはいない。国民の多数は原発推進を選択してはいない。

 一方、民主党の「二〇三〇年代原発ゼロ」は、各種世論調査でも国民の過半が支持した政策だ。それを軽々しく覆すことこそ、背信といえるだろう。

 三つ目は、いま強引な再稼働を企てる前に、現実的な方策を示せということだ。

 核のごみは行き場がなく、使用済み燃料を再利用する核燃サイクルもままならない。核不拡散など米国との交渉が必要というのなら、まず国民に向かって説明してほしい。危険と隣り合わせにいるのは国民なのである。

 福島事故の収拾、被災者の早期救済、あるいは自然エネルギーの開発促進はもとより、立地地域の新たな雇用創出などこそ、最優先されるべきではないか。


小選挙区制の下での選挙とはいえ、結果的には民主党駄目出しの意思表示とはいえ、自民党が大勝した。

卒原発をスローガンにした日本未来の党が、付け焼刃の組織で選挙活動が覚束ないと思ったのか、よりによって小沢一郎の「国民の生活が第一」と野合連合してしまい、一気に色褪せてしまった。選挙屋、政治屋の集まりの小沢一派と

どういう考え方をすれば政策立案、推進できるのか全く判らないまま、上滑りな理論構築のまま選挙に入ってしまい惨敗した。予想通り、小沢一派とは選挙後袂を別ってしまった。これも国民を馬鹿にした、何とも甞めた話だ。

せっかく反原発、脱原発で一歩づつ具体的な施策展開を期待していた自然エネルギー推進支持者層は足元をすくわれた格好となってしまい、自民党の先祖返りに意気消沈してしまった。

その意味で彼らの罪は大きい。

あろうことか、安倍氏が首相となって、新規原発建設も推進しそうな発言さえ飛び出す始末。一体全体日本はどうなってしまうのか?次期参院選にこれからの日本の歩むべき道を具体的に提示できない政党が、またまた跳梁跋扈する

ようであれば真に救われない。


年末に事務所の書類を大整理したところ、飯田哲也氏の面白い提言を記した文書が見つかった。2011.6.11付け、国民の国民のための原子力・エネルギー政策へ「エネルギー・環境会議」への「12の提言」と題するもので、現在の

日本未来の党副代表の飯田氏と照らし合わせると何ともやるせない。

以下ご紹介する。

1.[国民主権]エネルギー政策の決定権が国民にある事を再認識し、国民参加・国民の意見反映の場を十分に設ける事

 福島第一原発事故は、日本の戦後の原子力・エネルギー政策の決定のあり方がもたらした大災厄である事を踏まえれば、これを従前どおりのように官僚主義で拙速に見直してはならない。ドイツでは、脱原発を決めるにあたって

 11時間もの長丁場で、TV等を用いた完全公開の倫理委員会を開催し、国民の意見の反映を試みた。「熟議民主主義」の基本に立ち返り、国民の中での塾議も促しながら、そうした多様な意見を様々な手段で反映する議論のプロ

 セスが必要である。

2.[完全公開]今後のエネルギー政策を国民とともに議論するため、「会議」及び「幹事会」は事業仕分けと同様に市民のネット中継や傍聴も自由にできる、完全公開とすること。

 今後のエネルギー政策は、国民の間で広く議論していく必要がある。逆に、密室での議論を決して認めることは出来ない。エネルギー・環境会議とその幹事会を完全公開することは、国民的な議論の大前提となる。

3.[総理の責任]エネルギー政策の議論は、国の根幹にかかわる事であり、内閣総理大臣の責任を明確にするため、総理を会議の議長とすること。

 エネルギー政策は国の基本であり、国民的な関心が高い事から、閣僚やさらには事務局(官僚)への丸投げとならないよう、総理が責任を持つべき。

4.[国内外の政策知の活用]革新的エネルギー・環境戦略を提唱する複数の外部有識者(当然のことながら、これまでの原子力・エネルギー政策の責を問われるべき人を除く)を「会議」の世紀構成員に加える事

 他の業務で多忙の大臣・副大臣だけの議論では、「官僚(事務局主導)」という批判がなされる可能性もある。民間有識者を加えれば、「官僚主導」への対抗策となる。

5.[政策体制の見直し]既存の特定省庁に閉じて、国民不在で行われてきた原子力・エネルギー政策の体制の在り方も見直しの対象とし、経済産業省と資源エネルギー庁の分離も検討する事

 「会議」の役割は「戦略策定」であり、具体的には「総合資源エネルギー調査会」「原子力委員会」等に委ねる仕組みになっているが、現在のエネルギー政策体制そのものを見直さなければならず、真っ先に見直しの

 対象となるべき「総合資源エネルギー調査会」「原子力委員会」に今後のエネルギー政策を議論する資格はない。

6.[原子力政策の白紙見直し]原子力については、従来の推進政策と福島第一原発事故の反省を踏まえ、完全白紙から検討する事

 国民的関心が非常に高く、世論調査では原発新増設反対が70%を超える事から、「推進ありき」の議論は、国民の不信感を増大させるだけである。

7.[新三本柱:自然エネルギー]自然エネルギーについては、主要8ヶ国首脳会議で示した以上の飛躍的な導入拡大を目指し、事業性を確保する固定価格買い取り制度など、具体的な政策も示す事

 総理がサミットで示した自然エネルギーの導入目標は「上限」ではなく、「最低ライン」ととらえるべきである。自然エネルギーのボトルネックは「技術開発」ではなく「技術普及」とそのための「賢い政策」の不在にある。

8.[新三本柱:省エネから需要側管理へ]省エネルギーについては、電力依存度の低下や適切なエネルギー利用への転換を含めた「需要側管理」という発想に改め、意欲的な目標と実効的な政策を検討する事。

 ともすれば、「熱い・暗い・我慢する・経済に悪影響」として捉えられる、節約型の省エネルギーではなく、むしろ経済成長と社会の質を高める「需要側管理」を基本とする政策に、基本思想から改める。なお、近年、熱利用

 についてガスから電力への転換(オール電化の普及)が行われており、それを逆転させる視点での議論の方針も示す必要がある。

9.[新三本柱:コジェネ]従前のエネルギー市場は、電力VSガス戦争のために、総合熱効率の高いコジェネレーションが封じ込まれてきた。今後、天然ガスにバイオマス(バイオガス)なども含めたコジェネレーションの積極

 推進を新三本柱とする事。

10.[化石燃料の2つのリスク]化石燃料については、国際価格の高騰及び地球温暖化対策の目標を十分踏まえて検討する事。

 化石燃料の輸入が、日本経済へ大きなインパクトを与えることに加え、地球温暖化対策も日本にとってはグローバル社会および将来世代への責任であり、安易な化石燃料拡大とならないよう、歯止めを示して検討させる

 必要がある。

11.[電力市場改革]電力システムについては、自然エネルギーの飛躍的拡大を前提とし、発送電分離等、電力事業再編も含めて検討する事。

 自然エネルギーと別に検討するのではなく、自然エネルギーの大量導入を前提とした電力システムを構築する必要がある。電力事業者の地域独占体制は、検討の聖域にしないどころか積極的に見直す。

12.[エネルギー産業革命]えねるぎー・環境産業については、雇用、地域経済活性化の観点を重視しつつ、新しい産業革命を立ち上げるイノベーションの在り方を視野に入れて検討する事。

 雇用や地域経済への影響について、プラス-マイナスの影響を受ける他の既存産業のそれらとも比較し、全体で好影響となるように検討する必要がある。


エネルギー・環境会議への提言だけに、・・・「検討する事」のオンパレードで、もう一つ具体時施策の提示がないのが物足りないものの、菅総理時代だから、飯田氏のモヤモヤが窺い知れます。

いま我々がしなくてはならない事。それは一にも二にも、具体的に、実際の自然エネルギー施設を一つ一つ造ってゆく努力を怠らない事。百の理屈より一つの実践。

それは大向こう受けする「メガ施設」ではない。メガ施設を否定するものではないけれど、何度も何度も言うように自然エネルギーの推進は「小規模分散型」でなくてはならないはず゜。

こまめに、ひとつづつ積み上げて行く努力を惜しんではならない。それは政策的に側面支援が必要ではあるが、我々地域での取り組み如何にかかっている。